先日、UXブッククラブを開催しました。今回の課題本はラリー・コンスタンチンとルーシー・ロックウッドの『使いやすいソフトウェア(原題:Software for use)』でした。
この本の中で提唱されている設計手法が『利用中心設計(Usage Cetered Design)』です。一般にユーザ中心設計(User Centered Design)がユーザ調査やユーザテストといった「ユーザとの対話」に重点を置いているのに対して、利用中心設計はユースケースやUIの「モデリング」に重点を置いています。
ブッククラブの復習を兼ねて、利用中心設計のプロセスの中核部分をご紹介します。
ユーザ役割モデリング
利用中心設計では、「ユーザ」ではなく「ユーザ役割(user roll)」を定義することから設計を始めます。本の中では「(英文キーボード環境における)記号入力アプレット」を題材に、以下のようなユーザ役割を定義して、その関係性を分析しています。
- CasualGeneralTyper
- CasualTranslator
- CasualMathematician
- CasualScientist
- CasualEngineer
- FancyFontFutzer
- CasualCoder

ユースケースモデリング
個々のユーザ役割からは、そのユーザが行う様々な「タスク=ユースケース(usecase)」を定義できます。

記号入力アプレットの例では以下のようなユースケースが定義されました。そして、汎化(generalization)、拡張(extend)、包含(include)などの概念を使って各ユースケース間の関係性を分析します。なお、ここで分析した関係性はUIを設計する際の制約条件になります。
- insertingSymbol
- insertingPhrase
- tryingSymbol
- translatingSymbols
- translatingCodes
- reviewingShortcuts
- browsingSymbols
- specifyingSymbolCollection

コンテンツモデリング
個々のユースケースについて、本質的ユースケース(essential usecase)を作成します。2列の対話形式のシナリオを使って、ユースケースの実行過程を抽象的なレベルで描写します。そして、その実行プロセスを1行ずつ検討してUIの要素(コンテンツ)を、やはり抽象的なレベルで定義します。

定義したコンテンツをおおまかに配置してUIの原型を作ります。なお、静的なコンテンツは寒色系(青、グレーなど)、動的なコンテンツは暖色系(赤、オレンジなど)のカードを使うことをラリー・コンスタンチンは提案しています。

ビジュアル化
抽象的なUIコンテンツをテキストフィールドやボタンなど具体的なUIコンポーネントに置き換えながら画面をデザインします。ここでは手書きのワイヤーフレームにとどめていますが、本の中では、最終的なビジュアル設計まで行っています。

利用中心設計の強み/弱み
欧米では『利用中心設計』は、カレン・ホルツブラットの『Contextual Design』と並び称される超メジャーな設計手法の1つです。
利用中心設計には以下のような特徴があると思います。
- 論理的:ユーザ役割からUI設計に到達するまでの過程が論理的で、それを設計者および評価者がトレースできます。つまり「なぜ、そのようなデザインになったのか?」という議論が論理的に行えます。
- 標準的:ソフトウェア開発の現場ではUMLが標準です。利用中心設計は考え方や表記法が似ているので、ソフトウェア開発者やアーキテクトにも馴染みやすい手法です。
- 手軽:特別な投資を必要としません。上記の写真でも分かるように、ペン、ポストイット、ホワイトボードがあれば十分です。そして、こういった"アナログ"なアプローチはアジャイル開発の文化と特に相性が良いみたいです。
しかしながら、利用中心設計"だけ"を忠実に実践している実務者はそれほど多くないと思います。
まず、利用中心設計ではユーザ調査が軽視されています。設計者のディスカッションだけでユーザ役割とユースケースを定義するので、ありきたりな要求定義に陥る可能性があります。最悪の場合「間違った製品を正しく作る」という悲しい結果を招くかもしれません。
次に、利用中心設計では分析対象を抽象化した状態で設計を進めるのが原則です。しかし、普通の人間は抽象的な概念だけで思考を発展させることは得意ではありません。実際には、設計者は具体像を頭の片隅に置きながら、あえて抽象的に議論を進めることになるでしょう。ちょっと矛盾した行動です。
また、抽象的モデルから具象化する"変換方法"が提示されていません。抽象的なコンテンツモデルの実装方法は多様です。具体的なUI部品をリストアップして、その中から、最も適したUI部品を選択(他のUI部品との組み合わせも考慮して)できなければ最終的に優れたユーザ体験を実現できません。本の中では、著者が"発明"したUI部品がたくさん出てきますが、その開発プロセスは不明です。
さらに、ユーザビリティ評価手法も物足りません。本の中では独自の「協働ユーザビリティインスペクション」が提唱されていますが、ヒューリスティック評価法や認知的ウォークスルーと比べるとマイナーな手法です。それに最近は、インスペクションよりもRITEメソッドのような軽量なテスト手法が重視されています。
以上のように、利用中心設計にも課題は多くあるように思います。ただ、それらの課題は他の手法と組み合わせれば、おおよそ解決可能です。ユーザ調査に関してはContextual designやペルソナで改善できそうです。ビジュアル化にはデザインパターンが役立つでしょう。評価手法に関しては、やはりヤコブ・ニールセンがオーソリティです。
原書の『Software for use』の発行は1999年です。"ドッグイヤー"と言われるITの世界では、もはや「古典」の部類に入るでしょう。そのため、現在のユーザビリティやUIデザインの実務者には疑問や違和感を感じる箇所が随所にあります。
しかし、利用中心設計の中核部分は色あせることはありません。「文字だけでUIを設計する」――この"革新的"なアプローチは、今後も様々な分野に応用されていくでしょう。
【参考情報】
◆Constantine & Lockwood, Ltd.
http://foruse.com/