ユーザビリティ活動の成熟度
ユーザビリティはユーザ中心設計(UCD)プロセスのアウトプットです。UCD は品質管理などと同様に“組織的な活動”ですから、どうしても活動内容のレベル(成熟度)の違いが出てしまいます。上達の早い組織もあれば、稚拙な活動にとどまる組織もあります。
ユーザビリティ成熟度モデル
ソフトウェア開発プロセスの品質管理では、米国のカーネギーメロン大学が開発した CMM(capability maturity model:能力成熟度モデル)が業界の事実上の標準になっています。一方、ユーザビリティでは、ドイツのテュフ・ラインランドが ISO 13407 に基づいた認証サービスを開発したりしていましたが、標準と言える成熟度モデルはまだ確立されていません。
そこで、私のこれまでのコンサルティング経験を踏まえて、人机交互論的『ユーザビリティ成熟度モデル』を考えてみました。(なお、これはデータに基づいた厳密なモデルではありません。本物の成熟度モデルの開発は、研究者の今後の努力に委ねたいと思います。)
- 1. 原始期
- ユーザインターフェイスの設計は、デザイナやソフトウェアエンジニアの個人の技量に委ねられている。ガイドラインなどは参照しているが、実際のユーザと対話していない。
ユーザビリティエンジニアはプロジェクトに参加していない。 - 2. 黎明期
- 製品リリース前に最終チェックとしてユーザテストを実施する。ユーザビリティは品質保証活動の一部に過ぎない。
ユーザビリティエンジニアは製品完成後に“評価者”としてプロジェクトに参加する。 - 3. 揺籃期
- 前期:プロトタイプを使ってユーザテストを実施する。
- 後期:プロトタイプとユーザテストを繰り返す(反復デザイン)。
有効な設計手法としてユーザテストが定着する。
ユーザビリティエンジニアは設計チームの“助言者”として必要に応じてプロジェクトに参加する。 - 後期:プロトタイプとユーザテストを繰り返す(反復デザイン)。
- 4. 躍動期
- シナリオやペルソナを開発してユーザニーズを探索する。要求定義から実装まで、設計プロセス全体にユーザ中心のアプローチを用いる。
ユーザビリティエンジニアは設計チームの“主要メンバー”の1人としてプロジェクトにレギュラー参加する。 - 5. 拡充期
- リリース後の製品の利用状況について追跡調査を実施する。製品のライフサイクル管理全体にユーザ中心のアプローチを用いる。
ユーザビリティエンジニアは(プロジェクト単位ではなく)製品マネジメントチームの一員として参加する。 - 6. 完熟期
- ユーザビリティ知識管理データベースを構築する。組織全体にユーザ中心の文化が浸透し、ユーザビリティ(ユーザ体験)は重要な経営目標になる。
ユーザビリティエンジニアは“経営”マネジメントチームの一員として参加する。
揺籃期まで到達しよう!
言うまでもありませんが、日本の多くの組織はまだ原始期にあります。そして、ちょっと驚かれるかもしれませんが、私たちコンサルティング会社に所属するユーザビリティエンジニアが担当するプロジェクトの多くも黎明期レベルです。ウェブサイトや製品がほとんど完成してからテストを依頼してくるクライアントが圧倒的に多いからです。
残念ながら、黎明期の設計チームはユーザビリティ活動の成果を上げることはできません。完成品をテストしても「もはや手遅れ」なのです。もちろん、コンサルティング会社にテストを依頼すれば、それなりの“レポート”は受け取れます。しかし、設計チームの目的はレポートを読むことではありません。優れたインターフェイスを創り出すことです。
ただ、インターフェイスが完成してから大幅に修正しようとすると、納期とコストがオーバーしてプロジェクトは失敗に終わります。それを避けるためには「作る前にテストする」ことです。設計チームが揺籃期に達して、プロトタイピングの技術を身に付けると、ユーザの“酷い体験”を事前に発見して修正できるようになります。これが、ユーザビリティ活動の本当の成果なのです。(成熟度が上がればもっと大きな成果が得られますが。)
なお、成熟度モデルに“飛び級”はありません。原始期から、いきなり完熟期を実現することは出来ません。今のレベルが原始期ならば、まずは黎明期を目指すことになります。その黎明期の段階で、「テストは役に立たない」と諦めてしまったり、逆に、完成品のテストでそれなりに満足してしまっては、ユーザビリティ活動はそれ以上発展しません。それどころか、成果が得られない無駄な投資に終わってしまいます。
ユーザビリティ活動を始めたのならば、なんとか黎明期を乗り越えて揺籃期に到達すべきです。揺籃期では立派な大人が“紙芝居”を作成して、質素な簡易ラボで小規模なテストを繰り返すので、一見するとレベルが下がったように感じるかもしれません。しかし、こういった地道な活動を通じて、初めて、設計チームは投資に対する具体的な見返りを得ることができるようになるのです。
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