活躍するインテルのエスノグラファ
以前にもご紹介したように欧米のIT企業はエスノグラフィ(民族誌学)を取り入れた研究活動に力を入れるようになっています。その代表は世界最大の半導体メーカーであるインテルです。
どんなチーム?
インテルには心理学者と人類学者を中心に構成した『People and Practices Research (PaPR)』という研究グループがあります。彼らは「リアルピープル、リアルライフ」を標榜した調査アプローチを採用していて、例えばロンドンのバスの中で乗客を観察したり、ワイン畑で農作業を行ったり、アジアの国々でホームステイしたりしています。
このような活動は、一見すると半導体ビジネスと全く関連がないように思えますが、決してインテルは潤沢な研究予算を消化するために人類や社会を研究している訳ではありません。研究グループの1人であるGenevieve Bell博士は8月末にサンフランシスコで開催されたインテル・デベロッパ・フォーラム (IDF) のデジタルホーム・グループの基調講演の中に登場しました。これは、インテルの事業戦略において彼女たちの研究が重要な役割を果たしていることの現れでしょう。
どんな活動?
では、PaPRグループの活動とはどんなものなのでしょうか。2002年から2003年にかけて行われた『インサイド・アジア』というプロジェクトについてTechnology@Intelマガジンの中で詳しく紹介されています。このプロジェクトの中心人物であるGenevieve Bell博士(前述と同一人物)がインタビューに答える形式で、エスノグラフィの概念から今回の調査の概要、発見、そして、それがインテルにどのような価値をもたらすのかについて語っています。
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どんな成果?
例えばインテルは中国市場に向けて特製のパソコン―『China Home Learning PC』―をデザインしました。このパソコンには、物理的なキーがついていて「学習モード」と「標準モード」を切り替えられます。親はこのキーを使って、子供がパソコンでゲームに夢中にならないよう機能を制限することができます。そして親が使うときには容易に制限を解除できます。その他にもペンによる手書き入力をサポートするデュアルモード・モニタを採用したり、標準中国語と英語を学習するコンテンツを提供するために、音声マッチングおよび手書きマッチングの機能を搭載しています。これらは、中国の家庭を訪問して行ったエスノグラフィ調査から導き出された要求でした。
また、インターネットカフェが非常に盛んな中国市場の実情に合わせて、インターネットカフェPC向けのマザーボード『iCafe platform』を開発しました。このボードを使ったPCは日常のメンテナンスやアップグレードが容易で、オンラインからの侵入や周辺機器の盗難に対するセキュリティが強化されています。
しかし、エスノグラフィの本当の目的は新製品を生み出すことではないようです。上記のインタビューの中で、Bell博士はPaPRグループの活動がインテルに与える影響について以下のように述べています。
これまでインテルの一部の製品グループにおいてかなり成果を上げたのは事実です。特にインテルがコンシューマ市場に乗り出して、スマート・トイ・ラボやコネクテッド・コンシューマ製品事業部、そしてホーム製品事業部などの部門を運営していたときはそうでした。しかし、そのような質問はあまり意味がありません。前にもお話ししましたが、人類学というのは隠れた文化的パターンを見つけ出し、人々の物事に対する見方を変えることを目的としています。ですから、私たちの研究によって物事に対するインテルの見方が変わったか、という質問をしていただいた方がいいと思います。私たちはテクノロジの未来に対するインテルの考え方を変えたでしょうか? それなら、声を大にして「イエス!」とお答えできます。
その事例としてBell博士は、以前のインテルの技術者たちは「家庭もオフィスも PC が果たす役割は同じだ」と考えていたのが、家庭とオフィスを全く別の空間としてとらえる必要があるという徐々に認識が拡がり、今では「デジタル・ホーム」と「デジタル・オフィス」という区別を明確にするようになったことを挙げています。(実際に「デジタル・ホーム」はインテルの1つの事業部になっています。)
彼女が担当したインサイド・アジアのプロジェクトの場合も、「今回の調査結果は今すぐ(2004年)というよりも2年後により大きな意味を持つようになる」と話しています。
このように、インテルにとってエスノグラフィの本当の目的は短期的な製品開発ではなく、長期的な企業戦略を見据えるための、まさしく“基礎研究”なのです。
【参考情報】
(1)Intel: Intel Viiv Technology Announced via Webcast
http://www.intel.com/personal/desktop/viiv/index.htm
Genevieve Bell氏が登場したのは、デジタル・ホーム担当の副社長兼GMであるDon MacDonald氏の基調講演の中です。その様子が動画で公開されています。Interactive Webcastならば10枚目のスライドを選択すると、しばらくして彼女が登場します。
(2)Intel: Don MacDonald Keynote Transcript
http://www.intel.com/pressroom/kits/events/idffall_2005/20050824MacDonald.pdf
上記プレゼンテーションの講演録です。
(3)Technology@Intelマガジン:インテルの技術革新の原動力となるユーザ中心型の研究
http://www.intel.co.jp/jp/developer/technology/magazine/research/user-centered-innovation-0405.htm
『China Home Learning PC』の開発プロセスが事例として紹介されています。実際の製品開発では「マーケットリサーチ → エスノグラフィ → ペルソナ → 要求開発 → プロトタイピング → 評価」といったプロセス(ユーザ中心設計)として運用されていることが分かります。
(4)ITmedia:Intel、中国やインドなどにデザインセンターを開設
http://www.itmedia.co.jp/enterprise/articles/0508/02/news031.html
インテルは中国、インド、ブラジル、エジプトに新しいデザインオフィスを開設しました。各地域の実情に合った製品を開発するためです。
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