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2006.04.06

認知的ウォークスルー

ユーザビリティを評価する方法はユーザテストだけではありません。ユーザビリティエンジニアやユーザインターフェイスデザイナの知見に基づく評価(分析的手法)も役に立ちます。その中で最も有名なのはヤコブ・ニールセン博士の『ヒューリスティック評価法』でしょう。日本でもコンサルティング会社のサービスメニューには必ずヒューリスティック評価が入っていると思います。

ヒューリスティック評価ほど有名ではないのですが、実は、もう1つ強力な手法があります。それが『認知的ウォークスルー(Cognitive Walkthrough)』です。

手法の概要

そもそも「ウォークスルー」とは芝居の立ち稽古―衣装や舞台装置を使わない、普段着で台本を片手にした稽古―のことです。ユーザインターフェイスを“ウォークスルー”する場合も“台本(画面遷移図など)”に沿って分析していきます。その際に、ユーザの“認知”モデルの1つである「探査学習理論」に基づいて問題点を発見しようというのです。

「探査学習」とは事前にマニュアルを読んだりトレーニングを受けたりせず、“使いながら”操作方法を習得することです。例えば、大人が自動販売機やATMを操作する場合は、普通は探査学習を行っています。また、携帯電話を“機種変”した時も、多くのユーザは探査学習によって新しい端末の使い方を習得します。

探査学習には4つのステップがあります。

  1. 目標設定:ユーザは何をするか(タスクまたはサブタスク)を設定する。
  2. 探査:ユーザはどのような操作を行えばよいかUIを探査する。
  3. 選択:ユーザはタスクを進展するためにもっとも適切と思われる操作を選択する。
  4. 評価:ユーザはシステムからのフィードバックを解釈して、タスクが正しく進展しているかどうか評価する。

ユーザは探査、選択、評価を繰り返すことで目標に到達します。目標がサブタスクである場合は、上記のステップ全体を何度か繰り返すことでタスクを完了します。

認知的ウォークスルーの準備

認知的ウォークスルーを行うためには、まず「ユーザの技能や経験」を定義します。探査学習ではユーザの知識や習熟度によって結果が大きく異なります。例えば、WindowsやMacなどのGUIしか利用したことがないユーザに突然UNIXのコマンドラインのUIを見せても、手も足も出ないのが当たり前でしょう。

次に「タスク」を定義します。単機能の製品ならばタスクは数個に過ぎませんが、ビジネス用ソフトウェアや携帯電話には膨大な数のタスクが存在します。それを全て評価しようとするのは費用対効果に優れたアプローチではありません。重要度やプロジェクトの目的に応じてある程度タスクを絞り込みます。

そして、それらのタスクを実行する「操作手順」と「画面」を定義します。一般的には「画面遷移図」を作成しますが、操作ステップを箇条書きにして簡単な画面スケッチを添付するだけの場合もあります。また、ペーパープロトタイプやパワーポイントのプロトタイプを作って評価することもあります。

認知的ウォークスルーの分析手順

評価対象(画面遷移図など)が準備できたら評価を開始します。認知的ウォークスルーではタスクの実行過程を1ステップずつ丁寧に分析しますが、その際に「4つの質問」に答えることでユーザが混乱したり誤解する可能性のある箇所をより詳細に発見できます。

  • 質問1:そもそもユーザは“何を”するか分かっているのだろうか?
  • 質問2:ユーザはUIを探索して“やり方”に気付くだろうか?
  • 質問3:ユーザは目的と正しい操作方法を“関連づけ”られるだろうか?
  • 質問4:システムの“フィードバック”から、ユーザは操作が順調に進んでいることが分かるだろうか?

なお、この4つの質問は必ず答えないといけないという訳ではありません。場面によっては、いくつかの質問は的外れな場合もあるでしょう。これらの質問は評価者がUIを深く探索するための“切り口”だと考えてください。

認知的ウォークスルーの分析例

では、ここで簡単な分析例をご紹介しましょう。評価対象は「携帯電話」でタスクは「保留転送」です。

今、「モバイルセントレックス」が注目されています。モバイルセントレックスとは携帯電話をオフィス内の“内線”としても利用可能とするサービスのことです。ただ、携帯電話をオフィスで使うためには、普段、携帯電話ではあまり使わない操作が重要になってきます。それは「保留転送」です。

お客様や他部門からの電話を同僚や上司に転送するということはオフィスでは日常茶飯事です。転送がスムーズに行えるかどうかは業務効率に直結します。特に営業部門ではこの機能は重要です。

モバイルセントレックスに対応したある端末の保留転送の操作手順は以下のとおりです。

  1. ユーザは客先と通話中に[CLRキー]を押す。
    • ディスプレイに「保留中」というメッセージが表示される。
  2. ユーザは社内転送先の内線番号をダイヤルする。
    • ダイヤルした番号がディスプレイに表示される。呼出音が鳴る。
  3. ユーザは社内転送先と通話している状態で[HLDキー]を押す。
    • 転送が完了して待受画面に戻る。

このプロセスを認知的ウォークスルーで分析すると以下のようになります。

●STEP1「ユーザは客先と通話中に[CLRキー]を押す」の分析

質問1:そもそもユーザは何をするか分かっているのだろうか?
YES。「保留転送」の機能はモバイルセントレックス導入の最重要要件なので、システム稼働前に何らかのアナウンスがあると考えられる。よって、ユーザは端末で保留転送できることを知っていると言える。なお、この端末のUIを見ただけでは保留転送できることは全く想起できないであろう。(本体上に“保留”や“転送”という刻印は見当たらない。)

質問2:ユーザはUIを探索してやり方に気付くだろうか?
NO。一般に携帯電話ではメニューから様々な操作を行うことが多い。そのためユーザはハードキーではなく、メニューから保留転送の操作を行おうとするかもしれない。

質問3:ユーザは目的と正しい操作方法を関連づけられるだろうか?
NO。仮にハードキーを押すとしても、ユーザは[CLRキー]と保留の機能を結びつけることはできないだろう。一般に携帯電話では[CLRキー]は「操作のキャンセル」や「前の画面に戻る」ために使用されている。

質問4:システムのフィードバックから、ユーザは操作が順調に進んでいることが分かるだろうか?
YES。[CLRキー]を押すと「保留中」のメッセージが表示されるので、ユーザは客先との通話が保留状態になったことを確認できると言える。

●STEP2「ユーザは社内転送先の内線番号をダイヤルする」の分析

質問1:そもそもユーザは何をするか分かっているのだろうか?
YES。固定電話(ビジネスフォン)の利用経験があるユーザであれば、保留中に転送先を呼び出すことを知っていると言える。

質問2:ユーザはUIを探索してやり方に気付くだろうか?
NO。ユーザは内線番号を数字キーでダイヤルしないで、端末内蔵の電話帳から選択しようとするかもしれない。

質問3:ユーザは目的と正しい操作方法を関連づけられるだろうか?
NO。仮に内線番号を数字キーでダイヤルするとしても、デスクから離席した状態の場合には転送先の内線番号が分からないかもしれない。(モバイルセントレックスでは自席以外で電話を利用する機会が増える。)
また、仮に正しい内線番号をダイヤルしたとしても、ユーザはさらに[発話キー]を押そうとするかもしれない。一般に携帯電話ではダイヤル後に[発話キー]を押すことで発信操作が完了する。

質問4:システムのフィードバックから、ユーザは操作が順調に進んでいることが分かるだろうか?
YES。ダイヤルした番号がディスプレイに表示されて呼出音が鳴るので、ユーザは転送先を呼び出していることを確認できると言える。

●STEP3「ユーザは社内転送先と通話している状態で[HLDキー]を押す」の分析

質問1:そもそもユーザは何をするか分かっているのだろうか?
YES。固定電話(ビジネスフォン)の利用経験があるユーザであれば、転送を完了するために何らかの操作が必要であることを知っていると言える。

質問2:ユーザはUIを探索してやり方に気付くだろうか?
NO。ユーザは自分ではなく転送先のユーザが何らかの操作を行うべきであると想起するかもしれない。

質問3:ユーザは目的と正しい操作方法を関連づけられるだろうか?
NO。仮に自分で転送完了操作を行うとしても、ユーザは[HLDキー]ではなく[CLRキー]を押そうとするかもしれない。

質問4:システムのフィードバックから、ユーザは操作が順調に進んでいることが分かるだろうか?
NO。仮に転送を完了できても、何もフィードバックがないのでユーザは客先からの通話を切断してしまったのではないかと不安を感じるかもしれない。

以上で分析終了

認知的ウォークスルーの活用場面

このように認知的ウォークスルーではユーザインターフェイス上の問題点を詳細に検討するだけでなく、ユーザの取りうる行動を推測することで新たな要求開発にもつながります。つまり、設計の初期段階で用いると有効な手法であると言えます。また、通常は設計者本人は評価者として不適切ですが、認知的ウォークスルーの場合は設計者自らがデザインを客観的に再検討するために用いることも可能です。

なお、上記のような「4つの質問」を使った分析はステップ数が多いと非常に冗長になってしまいます。ステップ毎に問題点だけをリストアップする簡易的な分析でも十分役に立ちます。(4つの質問は分析者の“頭の中”だけで使う。)

【参考情報】

(1)モバイルセントレックス 基礎講座
http://www.keyman.or.jp/search/v/v_30001036_1.html

(2)ITPro:「社内での電話のかけ方,携帯電話/PHSの内線利用」アンケート調査結果
http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/KEITAI/20060124/227776/
携帯電話を内線電話として使えるメリットは「自席にいなくても電話を受けられる」こと。不可欠と考える機能は「内線の通話料が無料」「着信の保留・転送」「既存の内線番号での発着信ができる」など。

(3)ウィリアム・M. ニューマン (著):『インタラクティブシステムデザイン』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4894711605/
本書のP214-P222に切符の自動券売機を事例とした分析例が掲載されています。

(4)Jakob Nielsen (編著):『Usability Inspection Methods』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/0471018775/
英語ならば認知的ウォークスルーについても多くの書籍があります。本書では5章で認知的ウォークスルーについて書かれていますが、5章だけならば35ページ程度ですので、それほど英語が得意でなくても何とかなります。なお、中部大学の三宅芳雄教授がこの5章の内容を要約してウェブ上で公開なさっています。

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