私のユーザビリティ事始め
ときどき「樽本さんは、なぜユーザビリティを始めたのですか?」「大学で人間工学や心理学(認知心理学)を専攻していたのですか?」という質問を受けることがあります。そして私が「大学は東京水産大学(現・東京海洋大学)なんですよ」と答えると、皆さん、ちょっと驚かれるようです。
確かに、一般的には水産業とIT業界はかけ離れたイメージがありますし、実際、今の私の活動には直接的な関連はありません。私がユーザビリティに携わるようになったのは、ちょっとした偶然の積み重ねだったのです。
ITプロフェッショナルコース
水産大学を卒業して、私は大手食品メーカーで冷凍食品のセールスマンになりました。手前味噌かもしれませんが、結構"やり手"だったと思っています。その後、その営業の腕を買われて中堅の市場調査会社に転職しました。
最初はマーケティングリサーチャとしてのキャリアアップを志していたのですが、時代は大きく変化しようとしていました――IT革命の到来です。Windows95の発売を経てインターネットの揺籃期に推移し、ドットコム・バブルも生まれました。一方、当時の調査業界というのは意外と保守的で、IT業界のようなダイナミックさはありませんでした。また、私自身、ITの専門知識・技能を持っていませんでした。
ちょうどその頃(2000年)、ある大学院が創設されました。それは「法政大学大学院工学研究科電気工学専攻修士課程」――通称『ITプロフェッショナルコース(ITPC)』です。このコースは他分野からIT分野への"転換教育"を標榜した、日本初の1年制の大学院でした。私は"大志"を抱いてこのコースの第1期生として入学したのです。
ソフトウェア工学
水産大学出身の私にとって全ては驚きの連続でした。アルゴリズム、ネットワーク、離散数学、コンピュータアーキテクチャ・・・。「ソフトウェア工学」という分野があることも初めて知りました。
当然ながらどの科目でも悪戦苦闘したのですが、ソフトウェア工学でモデリングしたりダイアグラムを描いたりするのは結構やれました。ただ、ソフトウェア工学の授業を一通り終える頃に、ふと疑問が湧いてきました。それは「ウェブサイトの設計はどうするのか?」ということでした。私はITPCで専門知識を身に付けて、ドットコムビジネスに携わるつもりだったからです。そこで、授業の最終回で「ソフトウェア工学はウェブサイト設計にどう活かせばいいのですか?」と先生に質問したのです。
ところが、残念なことに、あまり明確な回答は得られなかったのです。当時は、まだウェブデザインは高等教育の対象ではありませんでした。ITPCの教員といえどもウェブデザインの知識はあまりなかったのでしょう。(なお、現在でもITの専門家が必ずしもウェブデザインに通じている訳ではないと思います。)
でも、ソフトウェア工学の授業は大変役立ちましたし、無事単位も取れたので、その時点で私はそれで満足でした。普通ならば、これで話は終わります。
バイブルとの出会い
数日後、同級生のAさんが私の席にやってきました。(ITPCでは1人1台のPCを1年間専有できたのです。)彼女は1冊の本を差し出して、こう言いました。
「樽本さんが、この前のソフトウェア工学の授業で質問していたことの答えが、この本に書いてあるように思うんだけど…」――その本とは(後にIAのバイブルと呼ばれるようになる)『情報アーキテクチャ入門(初版)』だったのです。そして、その本を貸してくれました。
当時の私はその本の"価値"をまったく知りませんでしたが、せっかく貸してもらったし、それほど分厚くない本だったので、家に持って帰って何気なくパラパラと読んでみました。読んで驚きました。「答え」が書いてあったのです。当時の私が知りたいと思っていたことがズバリ書いてあったのです。
今思えば、これが全ての始まりでした。
指導教官のひと言
その後、私はリファレンスに出ている本を芋づる式に読んでいきました。ダレル・サノの「実践Webデザイン論」やジャレッド・スプールの「Webサイトユーザビリティ入門」などを経て、程なくニールセンの「ユーザビリティエンジニアリング原論」まで到達しました。また「ウェブユーザビリティ」が発売されて、日本でもユーザビリティがちょっとしたブームになりました。
ところが私はユーザビリティを仕事にするつもりは全くありませんでした。私の目的はあくまでIT分野への転換教育を受けて、ドットコムビジネスに転進する(ひと儲けする)ことだったからです。そうこうしている間に、修士論文のテーマを決める時期がきました。
私の指導教官は小野間彰先生でした。小野間先生の専門はソフトウェア工学ですが、それ以外のテーマでも全く問題ないという姿勢でしたので、私はドットコムビジネスに活かせそうなテーマをいくつも考えました。でも、それらは凡庸であったり、限られた期間の中で私の付け焼き刃な知識と技術では成果が得られないようなテーマばかりでした。ゼミの場で、同級生を交えて議論しても、いっこうに決められませんでした。
そんな中で、ある時、小野間先生がこうおしゃったのです。「おまえ(樽本)は話の中でいつもユーザ、ユーザと言っている。そんなにユーザのことに興味があるのならば、それをやればいいじゃないか!」
こうして、私の修士論文のテーマは無事「ユーザビリティ」に決まったのです。そして、それは同時に、その後の私の人生を決めた瞬間だったのです。
後日談
ITPCを修了後、私はイードに入社して実務経験を積んで、独立して、本を書いて、今はアジャイルUCDの普及啓蒙に取り組んでいます。今後も紆余曲折が続きそうですが、これまでと同じく「偶然」と「人との出会い」の積み重ねを大切にしていきたいなと思っています。
なお、ITPCはもうありません。ITPCは4年でその役割を終え、今は情報科学部の大学院とイノベーションマネジメント研究科という2つのコースにその理念を引き継いでいます。
【参考情報】
◆リーベル:特別編インタビュー:樽本 徹也さん(ユーザビリティエンジニア)
http://www.liber.co.jp/advantage/interview/int028.html
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